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梁山泊グループによる相場操縦事件

アイ・シー・エフを錬金術の道具にしたベンチャーたち

 大阪府警は、パチンコ情報会社・梁山泊(大阪市)グループによる相場操縦事件の核心に切り込んだ。2月13日、東証マザーズ上場のIT関連企業アイ・シー・エフ(現・オーベン、東京都)が不正な買収をしていたとして、金融商品取引法違反(偽計)容疑で、梁山泊グループ代表の豊臣春国容疑者(57)=ビーマップ事件で公判中=と、アイ社元社長の佐藤克容疑者(32)ら計4人を逮捕した。

 1年前の2007年3月。大阪府警は大証ヘラクレス上場の情報通信サービス会社・ビーマップ(東京都)株の仮装売買を繰り返した株価操縦の容疑で、梁山泊グループの経営者である豊臣春国容疑者と、その指南役の川上八巳容疑者などを逮捕した。

 梁山泊の事件化は、ビーマップの株価操作だけで終わると見る向きはいなかった。梁山泊グループがもっと、大掛かりな株価操縦をやっていた銘柄があったからだ。それが、東証マザーズ上場のアイ・シー・エフ(2006年8月にオーベンと商号変更)である。

 アイ社には、朝鮮総連中央本部の土地・建物をめぐる仮装売買事件で逮捕された元公安庁長官・緒方重威被告=詐欺罪で公判中=が監査役を務めていたのをはじめ、さまざまな人物が関わった。

村上ファンドの仲介で売却          

 アイ社は、ITベンチャーの井筒大輔氏が97年に設立したネット上で企業間の電子商取引市場を運営する会社で、2000年10月に東証マザーズに上場した。

 しかし、ネットバブルは崩壊。出資したベンチャー起業家は荒稼ぎできなかった。ベンチャー起業家は、新規公開で得た資金を未上場のベンチャー企業に投資して、株式上場の際に高値で売り抜けて資金を膨らませる手法をとっていたからだ。

 アイ社には、ネットバブルの寵児となった重田康光氏の光通信、史上2番目の若さで東証マザーズに上場を果した藤田晋氏のサイバーエージェント、家業の有線放送を引き継いだ宇野康秀氏の有線ブロードネットワーク(現・USEN)、嵜岡邦彦氏が率いる商工ローンのニッシン(現・NISグループ)の4社が出資した。

 だが、新規公開による高値期待は空振りに終わった。電子商取引ビジネスの実績はなく、将来性はなきに等しかった。筆頭株主である井筒氏はアイ社の売却を決める。

 井筒氏が売却の仲介を頼んだ先が、あの村上ファンドの村上世彰氏=村上ファンド事件で公判中=。村上氏は、投資会社バリュークリエーションの天井次夫相談役を介して、翼システムの道川研一社長(当時)と会い、井筒氏の株を引き取ってもらうことで話をまとめた。

 翼システムは2001年12月、井筒氏、光通信、サイバーエージェント、有線ブロードネットワーク、ニッシンからアイ社の株式を買い取り、42.9%の筆頭株主になった。アイ社株を井筒氏側から道川氏側に譲り渡す仲介をしただけで、村上ファンドには2~3億円の手数料を得たという。村上氏にしてみれば、まさに棚からボタモチだった。


裏口上場狙いのM&A           

 翼システムは、自動車の整備・板金・塗装業者向けのパッケージシステムを開発、そのソフトを自動車整備工場に的をしぼって売り込み、全国にネットワークを築いたソフト会社。そのノウハウを取り入れた「カーコンビニ倶楽部」を立ち上げて全国展開に乗り出した。「突っつくわョ」という美川憲一のTVコマーシャルで話題になった。

 だが、翼システムは未上場だった。代表の道川研一氏は、3年間に約38億6,000万円の所得を隠し、法人税約15億6,000万円を脱税したとして、逮捕・起訴されていたからだ。

 道川氏がアイ社を買った理由は、ほどなくわかる。アイ社は、翼システムの子会社であるオートバイテルの第三者割当増資を引き受けて、オートバイテルを子会社化した。同時に、オートバイテル社長がアイ社長を兼務した。

 このM&A(合併・買収)は、大株主の翼システムが上場企業のアイ社を利用して裏口上場するために仕組まれた。刑事被告人がオーナーという理由で、上場できない翼システムにとって、上場会社の買収は裏口上場を果す格好の器となった。買収できれば、正規の審査を経ずに上場の立場を得る「隠れ上場」が可能になるからだ。裏口上場するために、東証マザーズ上場のアイ社を買収したのである。

 アイ社が赤字を垂れ流し続けたため、道川氏は、ネット通販でそこそこ実績をあげていた佐藤克氏をアイ社に迎え入れた。2003年10月、社長に就任した佐藤氏が、最初に手がけたのは、子会社売却によって10億円の現金をつくることだった。

 03年12月、ネット消費者金融のウェッブキャッシング・ドットコム(以下ウェッブキャッシング)を株式交換方式でホリエモンこと堀江貴文氏=ライブドア事件で公判中=のライブドア(当時・オン・ザ・エッヂ)に売却した。ライブドア事件の際に、アイ社は「ライブドア錬金術」に利用された会社として話題になった。 


ライブドアによる錬金術          

 ライブドアとアイ社は当初、現金での売買に合意していたが、途中でライブドアが株式交換にしたいと変更した。投資事業組合をダミーに使うことで、ライブドアは現金を支出せず、しかも、ライブドアが儲かる仕組みを考えたからだ。両社の株式交換に介在する「M&Aチャレンジャー1号投資事業組合」は、元ライブドア役員の野口英昭氏(ライブドアへの強制捜査直後、沖縄で変死)がつくった。

 ライブドアはウェッブキャッシングの株式を取得、ウェッブ社の株主(親会社)であるアイ社はライブドア株を取得する。アイ社は投資事業組合にライブドア株を売却して、売却代金8億5,000万円を現金で受け取る。形式は株式交換だが、実際は現金売買と変わりないため、いくらでも現金が欲しいアイ社は、その提案に飛びついた。

 投資事業組合は、そのライブドア株を市場で売却して回収するわけだが、このスキームには、アイ社に知らされなかった後段がある。同投資事業組合はライブドアそのものといえるダミーファンドだったことだ。第三者のファンドを装うために、野口氏のエイチ・エスインベストメントを表面に立てただけである。

 投資事業組合は売却益を分配金名目でライブドアファイナンスを経由してライブドアに還流させた。ライブドアは自分のカネで自社株を買って、それを売って売上高や利益を増やしていたのである。

 しかも、株式の大量分割を繰り返して株価が暴騰した時期。ウェッブキャッシングなど6件の企業買収で還流した売却益は約80億円に達した。アイ社の佐藤社長は「株でもらっておけばよかった」と地団太を踏んで悔しがったという。

 そのため佐藤社長はライブドアをまねて株式交換によるM&A(合併・買収)に乗り出していくことになる。

 2004年1月23日。梁山泊グループの1社であるビタミン愛が翼システムからはアイ社株を買い取り、29.4%を保有する筆頭株主に躍り出た。

錬金術に利用された16件のM&A

 アイ・シー・エフには、梁山泊グループの1社であるビタミン愛が翼システムが筆頭株主として乗り込んできた。その直後から社長の佐藤克容疑者(32)は、証券市場での資金調達が可能な上場企業という立場を生かし、2年間で16社のM&A(合併・買収)を繰り返したが、M&Aは株価を刺激するための錬金術だった。

 梁山泊グループは、2度果実を口にした。自らが関与する企業をアイ社に高値で売りつける一方、アイ社の売上に協力して高株価を演出、その間にアイ社株を売り抜けた。彼らは40億円荒稼ぎした。


食い物にした面々            

 アイ社を食い物にした重要な人物が少なくとも3人はいる。

 梁山泊グループのオーナーの豊臣春国容疑者(57)=ビーマップ事件で公判中=は、元山口組系暴力団幹部。裏社会での通り名は松山春国で、日常は松山や近藤など複数の名前を使い分けていた。

 豊臣容疑者の株の指南役である川上八巳氏=ピーマップ事件で公判中=は、京都の同和団体・崇仁協議会の代表だった藤井鐵雄氏の親戚。崇仁地区がJR京都駅前の一等地にあるため、協議会はバブル経済の最中、消費者金融大手の武富士と組んで地上げを請け負って巨額の利益を挙げた。だが、武富士と決裂。藤井氏が逮捕、協議会は分裂。拘留中に銀行口座から巨額な預金が引き出されていた。その前後から、協議会幹部が白昼射殺される事件が続発した。当時、藤井氏の側近をしていたのが川上氏だった。その後上京して、ベンチャー企業に対する投資家となった。

 もう1人が榎本大輔・元ライブドア取締役(36)。22億円払ってロシアのソユーズ宇宙船で日本人初となる民間での宇宙旅行を行うと発表し、時の人となった、あの人物だ。

 榎本氏はソフト販売会社プロジーを株式交換方式で、堀江貴文氏=ライブドア事件で公判中=のオン・ザ・エッヂに売却。同社に入社し、取締役兼最高戦略責任者に就任。M&Aを担当し無料プロバイター「ライブドア」の営業全部を1億2,000万円という安値で譲り受けた。オン・ザ・エッヂがエッジを経て、ライブドアに社名を変更する。

 榎本氏は2003年6月に退社。株式交換で入手したライブドア株を売却したキャッシュを元手に、ベンチャー企業への投資と宇宙旅行を計画した。最初に投資した先がアイ社。投資したのは2004年1月。梁山泊グループのビタミン愛が筆頭株主として登場した時だ。榎本氏は最高戦略顧問に就任し、M&Aを仕掛けていく。

            
M&Aで資金を吸い上げる

 ビタミン愛は経営支援目的でアイ社株を取得したとしているが、これは表向きの話。上場会社であるアイ社株を錬金術の道具に利用するためである。株価を吊り上げるには、アイ社の役員の協力が必要だ。取り込んだのが、社長の佐藤克容疑者である。ビタミン愛が大株主になるにあたり、損失保証を取り決めたとされている。暴力団をバックにする威圧の前に、佐藤容疑者は梁山泊グループの手駒として動くようになる。

 佐藤社長は、取り憑かれたようにM&Aに血道を上げていった。買収の手法は、ライブドア流の株式交換方式である。佐藤社長と買収担当役員だった小野高志容疑者(36)は、ライブドアがウェッブキャッシングで使った手法を熱心に学んだ。

 アイ社は、毎月1件のペースで株式交換による企業買収を繰り返した。佐藤社長がM&Aに柱に置いたという映像コンテンツの会社はおよそ関係なかった。梁山泊グループが、関係する会社をアイ社に売りつけて、資金を吸い上げていった。アイ社をATM(現金自動引出機)にしたのである。

 株式交換方式による最初の買収案件は、2004年3月のワン・ウイング。その大株主は豊臣容疑者の株取引の指南役といわれる人物だ。アイ社は、経常赤字2億円のパッケージソフト卸会社を3億7,000万円(現金換算)で買い取った。

 同年12月に、梁山泊と関係が深い広告代理店の大阪第一企画を買収。直前期の売上高4億1,000万円で債務超過にあった同社の買収価格は8億3,000万円(現金換算)。

今回逮捕容疑となったのが、大阪第一企画のM&Aだ。本来は1億円ほどの企業価値しかないのに、アイ社側が、ライブドアの監査も担当していた元港陽監査法人所属の公認会計士、田中慎一容疑者(35)に8億円の資産査定書をつくらせた。

 2005年5月には、指南役の川上氏の口利きで、大阪市に本社があるコインパーキング場運営会社エイチ・エヌ・ティー(HNT)を17億7,000万円(現金換算)で買収。3期連続経常損失の債務超過に陥っていた会社をである。その後もHNTやそのオーナーなる人物に資金を貸し付け、最終的に投融資額は総額約20億円に達した。HNTは買収1年半後に自己破産した。アイ社の貸付金は不良債権化した。

 アイ社が買収した16社は、ほとんどがこの手の会社だった。

          
アイ社株の高値売り抜け

 次は出口戦略である。株価を上げて、豊臣、川上、榎本といった連中が、売却しやすい環境をつくることだ。川上氏、榎本氏、佐藤社長のトリオによるアイ社の株価つり上げ作戦は、M&Aと株式分割である。

 アイ社は企業買収に乗り出した直後の2004年4月、7月20日に株式分割すると発表。M&Aへの期待と株式分割が材料になって株価は上昇した。

 2004年8月、豊臣容疑者らは保有する株式数の6割を、川上八巳氏や榎本大輔氏の妻(名義)ら4人に計8億6,4000万円で売却した。残りの保有株は同年11月、投資会社に26億8,200万円で売却して手仕舞った。

 ビタミン愛は翼システムからICF株を6億7,600万円で取得した。高値で売り抜けて、ビタミン愛名義の取引だけで28億7,000万円の利益を得た。豊臣容疑者には、大阪第一企画などが株式交換で得たアイ社株も渡っており、それらも売却して、梁山泊グループ全体で計40億円を荒稼ぎした。

 アイ社株はいったん下落したが、買収作戦によって2005年5月には再び急騰。その過程で川上被告は売り抜け、10億円稼いだとされている。

 アイ社の株価急騰は、2004年が豊臣容疑者の高値売り抜けのため、2005年は川上氏、榎本氏ら豊臣容疑者の株売却の受け皿になった4人の高値売り抜けのために仕組まれたものだった。売り抜けた榎本氏は2005年6月に最高戦略顧問を退任した。

 これがアイ・シー・エフを舞台に繰り広げられた錬金術だった。
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by yurinass | 2008-02-27 08:23
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