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by yurinass
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「コンプライアンス礼賛」が招く二つのワナ

偽装事件の頻発を背景に、多くの企業はコンプライアンス活動を強化している。
だが、これによって経営者と従業員の関係に、亀裂が生じてはいないか──。

「先生、何が今一番現場の意欲を殺いでいるかご存じですか」
 ある企業研修でモチベーションの話をしているときに突然出てきた質問である。面食らってしまった。苦し紛れにいくつか答えを出すと、成果主義による賃金 の目減りでもないし、トップマネジメントのリーダーシップ欠如でもない。質問者によると、いわゆるコンプライアンスだというのである。本来は「法令遵 守」。でもそれが「内部統制」として実施されている場合が多い。
 コンプライアンスの重要性が叫ばれるようになった背景には、当然だが多発する違法行為や反社会的行為によって、消費者や取引先の信頼を失い、事業継続が 不可能になる企業が頻発するようになったことがあろう。企業にとってコンプライアンスは、リスクマネジメント活動として死活問題である。その意味で、私 は、コンプライアンス活動の重要性を否定する気はない。
 だが、考えてほしい。今のコンプライアンス活動はややいきすぎの感があるのも事実ではないだろうか。例えば、個人情報保護に関する法令によって健全な企 業活動まで制限されることは頻繁に指摘されているし、また多くの企業で残業時間規制に関する指導に従うために、始業時や終業時にやや滑稽な光景が見られる のも事実である。
 もちろん、これらの多くはいずれ修正されていくだろうし、実際の損失は大きくないように思う。本当はいけないことなのだろうが、従業員が残業時間規制を 避けるために、一度退社してから守衛さんにお辞儀し、夜間入り口から仕事に戻っても、これが強制されたり過度のサービス残業に結びついたりしない限り、大 きな問題ではない。
 私が気にするのは、今の企業が行っているコンプライアンス活動の根底に、従業員についての考え方の変化があるのではないかと思うからである。端的に言え ば、従業員を信頼しない経営者が増えているということである。もちろん、必ずしも経営者のせいではないかもしれないので、もっと正確に言えば、多くの企業 が、あたかも従業員を信頼しないという前提をもって、多くのコンプライアンスの仕組みをつくっているように見えるのである。
 具体的には、パソコンや情報記憶媒体の取り扱いについての規定、誰と会食をしていいかについてや金額の限度、食事の内容まで細かく規定された規則、会社による従業員のメール記録のチェックなどなど、微細な点にわたってルールが定められている。

 本来、コンプライアンスは内部統制だけで確保できるものではないはずだ。例えば、新聞記者がインサイダー情報を知ったとき株取引をしないということを徹 底するためには、ルールと罰則をつくるだけではなくて、なぜそれがいけないのかを、従業員一人ひとりが考えることが大切だろう(この問い、真剣に考えると 結構難しい)。だが、即効性と徹底を求めて、経営者はルールに基づく内部統制施策を中心にしたコンプライアンス活動を展開していることが多いようである。
 そして、少なくとも一部の企業で現場の従業員は、こうしたことで経営者からの信頼低下を読み取っているようだ。実際、私が2005年に行ったアンケート によると、「過去3年間企業経営において、コンプライアンスを強化してきた」と答えた企業の従業員は、全体平均に比べて、「この会社では従業員が信頼され ている」「この会社では従業員が自由に発言する雰囲気がある」という文章のあてはまり度合いが低下したと答える割合が、わずかだが多かった(図表1参 照)。他の要因を考慮していないので、あまり確固とした証拠ではないが、わが国企業のコンプライアンス経営における従業員の位置づけを示唆する結果であ る。



善意を信じる仕組みづくりが
「利己」を抑制する

 こうした従業員を信頼しない(または信頼しないというメッセージを伝える)コンプライアンス経営に問題はないのだろうか。怖いのは、経営者が信頼してい ないというメッセージを従業員が受け取ってしまうと、2種類の問題を引き起こす可能性があることである。二つ目がより怖い。
 まずは、従業員を信頼しない企業には、経営を信頼しない従業員が育つという点である。ちなみに、人間を信頼しないという意味でよく引き合いに出されるの が、経済学の考え方である。経済学者が疑り深い人種であると主張するつもりはないが、昔から言われているように経済学は、人間についていわゆる「性悪説」 の考え方に基づいてその体系がつくられている。わかりやすい例で言えば、人は少しでもチャンスがあると自己利益のために行動するので、人にものを頼むとき には、頼まれた人が自己利益だけではなく、頼んだ人の利益のためにも行動するようにインセンティブシステムをつくる必要がある、ということになる。つま り、エージェント(頼まれ手)が、プリンシパル(頼み手)の利益になる行動をするように契約を結んだり、対価支払いの仕組みなどを設計したりしなくてはな らないと考えるのである。有名なエージェンシーの考え方であり、この立場から見ると企業というのは、株主から末端の従業員までの一連のエージェンシー関係 の束ということになる。
 この考え方はなんとなくしっくりこないという方もおられよう。でも、こうした面があるのも事実である。ここでこうした経済学の前提が正しいかどうかを議 論する気はない。私が注目したいのは、組織行動論という私が専門にしている分野で行われている最近の研究である。その研究によれば、企業が従業員を“経済 学的”に扱う場合、従業員はたとえ、もともとそういう志向をもっていなくても、利己的に行動するようになり、逆に企業が、従業員を信頼して、彼らの善意を 信じる仕組みをつくると、こうした利己的な行動の発生が抑制されるという研究である。
 認知心理学の分野では、プライミングとか、フレーミングの研究と呼ばれる。プライミング研究によれば、混沌とした環境で人間が行動をする場合、人は情報 の曖昧さを解釈するためになんらかの認識枠組みを求める。そして最も効率的なのは、与えられた枠組みにのっとって状況を解釈し、行動をすることなので、企 業が自分を経済人として扱う場合には、自分も経済人として行動するということになる。企業に雇用されている従業員にとって、企業が提供する制度や仕組み は、会社の中の曖昧なメッセージを解釈するための重要な手がかりであろう。最近はリーダーシップや、人事制度についても同様の議論がなされており、リー ダーの行動や人事制度は従業員に対して強烈なメッセージ性をもっているとされる。
 したがって、企業がコンプライアンスの名の下に、働く人を信用しない施策を導入した場合、従業員は経営者の長期的意図を信頼せず、その仕組みの中で期待 されたとおりの短期利益志向型の行動をとる可能性が高い。もちろん、そのことが必ずしも違法な行動や反社会的な行動につながるわけではないが、企業にとっ ては望ましくない行動であるケースも多いであろう。少なくとも日本の企業制度や対顧客関係の中では、あからさまな自己利益志向行動は不利益をもたらす可能 性が高い。
 私が見る限り、多くのコンプライアンスの仕組みは、働く人を経済学で想定する人(経済人)として扱っているように見える。その結果、得られる従業員はお望みどおり、経済人なのである。そのことの影響は大きい可能性がある。



コンプライアンスを正しく
機能させる二つの方法

 二つ目は、こうした仕組みはもっと悪い結果に導く可能性があるということだ。なぜならば、こうした従業員を信用していないと受け取られやすい仕組みの多 くが、極めて規則中心・ルール重視になっているからだ。あたかもコンプライアンスについては、働く人は自律性など要らないとでも言わんばかりだ。そしてこ のような状態に従業員は適応してしまう。
 その結果、ルールに従うこと自体が目的になり、自律的に考えることをやめてしまう。会社の上層部が設定した内部統制のルールにである。何度も心理学の言 葉を引用して申し訳ないが、こうした転換を心理学では、ラーンドヘルプレスネス(learned helplessness、学習された無力感)と呼ぶ。最も効率のよい行動の選択は、与えられたルールに従うことなのである。この状態に陥った働き手は、 会社へ意見を言わないどころか、考えることさえしなくなるかもしれない。
 やや強烈だが、これはある意味では究極の“コンプライアンス”だろう。ただ、こうした意味でのコンプライアンスが企業経営にとって本当によいことなの か。そのことは考えてみる必要があろう。経営者の設定するルールが正しければいいが、そうでない場合、または経営者自身が倫理感を見失っている場合、社内 ルール中心の内部統制型コンプライアンス経営は意味をなさないのである。コンプライアンスの対象である内部ルールや基準が間違っているとしたら、考えない 従業員の存在は、逆に一層のコンプライアンス上の危機を招いてしまう。

 こうしたことを防ぐためには、少なくとも二つの方法があるだろう。一つはコンプライアンスにおいても、従業員が自律的に考えることを許すことであり、考 えるための原則や理念を経営者と従業員で共有することである。そしてその解釈については、絶対に必要なことを除いて、ある程度の柔軟性を許容する。
 もう一つは組織と距離をおいてはいるが内部にいる人たちの意見を聞くことである。例えば、末端のパートタイム従業員である。最近の食品偽装の告発では非 正規従業員が大活躍をした。こうした従業員を大切にすることは危機管理上も、コンプライアンス経営としても重要であろう。
 いずれにしても、コンプライアンス経営の土台は従業員への信頼にある。正直に言えば、私はこの分野の専門家ではないので、あまり大きなことを言う資格は ないが、人間行動の原理に従うと、今、多くの企業が行っているルール重視のコンプライアンス活動はやや問題があるように思う。内部ルール遵守先行で、働く 人の自律性を否定するかのようなケースが多いからだ。
 こうしたことが冒頭に述べたような意欲やモチベーションの低下にとどまっている限りはまだいい。さらに悪いのは、コンプライアンスの本来の意味からの逸 脱が起こり、結果としてより大きなコンプライアンス上の危機を招いてしまうことである。こうした流れが始まっているような気がするのは私だけだろうか。
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by yurinass | 2008-02-27 08:21
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